FIRE COLUMN

FIREするとつまらない?自由になっても満たされない理由

FIRE後の暮らし・心
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FIREすると自由になるのに、なぜつまらなく感じるのか。FIRE直後にゲームへ偏り、生活の軸を失った経験から、時間・人・小さな挑戦を取り戻す方法を考えます。

まいど!ワクワクFIREのまるです。

「FIREしたら、毎日が休日。めっちゃ楽しそう!」

僕もそう思っていました。会社へ行かなくていい。朝の満員電車もない。嫌な上司の顔色を見なくていい。自由を手に入れたら、自然に人生は面白くなると思っていたんです。

ところが、自由は勝手に予定を作ってくれません。FIRE直後の僕はゲームに偏り、昼前まで寝る日々を送りました。2年半という長い時間を、かなりダラダラ過ごした。楽しい瞬間はある。でも、振り返ると「もっと早く動けばよかった」と思う時期でもあります。

FIREするとつまらなくなるのは、自由が足りないからではない

会社員の生活には、良くも悪くも外から決められたリズムがあります。起きる時間、行く場所、人と話す機会、仕事の締め切り。しんどいけれど、毎日を動かす線路にもなっている。

FIREすると、その線路が一気になくなる。最初は最高です。昼から寝ても誰にも怒られない。ゲームをしてもいい。平日にラーメンを食べてもいい。けど、何日も続くと「今日は何をした日なんやろ」となる。

自由が多すぎると溺れる。これは僕が後から痛感したことです。つまらなさの正体は、自由が少ないことではなく、自由を使う方向が決まっていないことかもしれません。

ゲームが悪いのではなく、ゲームだけになったのが問題だった

ゲームそのものを悪者にするつもりはありません。今でもゲームは好きですし、何も考えず遊ぶ時間が必要な日もある。問題は、ゲーム以外の人・活動・挑戦がどんどん消えていったことでした。

働く時間が減ると、思考力や会話の感覚が落ちる。困難に挑むバイタリティも薄くなる。僕は後にコミュニティのオンライン飲み会や勉強会を始めたとき、トーク力が落ちすぎていることに気づきました。

「自由になったのに、前より自分が小さくなった気がする」。この感覚が、つまらなさに近かったんやと思います。

毎日日曜日になると、日曜日の価値が消える

会社員のころは、休日が待ち遠しかった。金曜日の夜はちょっと特別で、日曜日の夕方には「明日から仕事か」と感じる。FIREすると、平日と休日の境目がなくなります。

毎日が日曜日になると、日曜日が消える。これはかなり的確な感覚です。楽しい日を増やしたつもりが、楽しい日の輪郭まで薄くなってしまう。

だから、予定をぎっちり詰める必要はないけれど、週に一つだけでも約束を入れる。誰かと話す、外へ出る、文章を書く、運動する。自分で区切りを作ると、時間に濃淡が戻ってきます。

僕が後から作った生活の軸

後年の僕は、家事、子どもの送迎、食事、文章やYouTube、散歩、コミュニティなどを一日の軸にしています。もちろん、毎日きれいに回るわけではない。子どもの予定で崩れるし、眠い日は眠い。

それでも、朝にやること、昼に外へ出ること、誰かと接点を持つことがあるだけで、生活はかなり変わりました。キラキラした習慣ではありません。むしろ、生活感のかたまりです。

FIREの価値は、毎日を特別なイベントにすることではなく、普通の日を自分で選べること。これは6年目に近づいて、ようやく実感できた部分です。

つまらなさを感じたら、趣味を大きく探さない

「FIRE後にやりたいことを100個考えよう」と言われても、そんなに出てこない人もいます。僕も最初から人生の使命が見えていたわけではありません。

ラーメンを食べる。散歩する。知らない場所へ行く。短い文章を書く。誰かと通話する。これくらいの小さな行動でいい。少しでもワクワクしたら、まず一回やってみる。

2026年のチャレンジでも、配達、パズル、ライブ、勉強会などを試しました。全部が長続きしたわけではないけど、やってみたからこそ自分に合う・合わないが分かる。趣味は天から降ってくるものではなく、触りながら育てるものなんよな。

人と会わない自由には、会話力の副作用がある

FIRE後に一人の時間が増えると、人間関係のストレスは減ります。これは大きなメリットです。でも、人と話さない日が続くと、会話の筋肉まで落ちていく。

家族との会話、友人との通話、コミュニティでの交流。毎日たくさんでなくていいから、自分から接点を作る。僕がコミュニティを続けている理由の一つも、情報交換だけでなく、誰かと笑ったり悩んだりする場所が必要やったからです。

自由に小さな制約を置く

FIRE後は、朝8時までに起きる、週に何回か散歩する、毎月一つ新しいことを試す、といった自分用の制約が役に立ちます。破っても誰にも怒られないくらいの、ゆるい制約でいい。

制約は自由の反対ではありません。自由を使い切るための枠です。僕は自由すぎて堕落した経験があるからこそ、自ら制約を課せという考え方に納得しています。

FIRE後につまらないと感じても、失敗とは限らない

FIREするとつまらない。これは一部の人には本当です。けど、つまらないと感じたからといって、FIREそのものが間違いとは限りません。会社を辞めて初めて、自分に必要な予定、人、人との距離感が見えてくることがあります。

僕は2年半ダラダラして後悔しました。それでも、FIREしていなければ家族との時間や発信、コミュニティにここまで向き合えなかったとも思っています。失敗したらネタにして笑い飛ばす。そこから生活を作り直す。

自由になった後の人生は、自動運転ではありません。少し動いて、少し休んで、また試す。自分が笑える日々を、自分で設計していく。ほんまに、FIREはゴールではなく、その後の暮らしを作るスタートなんやと思います。

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